毛越寺は藤原氏二代基衡によって造営された。全盛期には堂塔四十 余、僧坊五百余あったといわれている。 また、平安時代の庭園遺跡がほぼ完全な姿で残っているのも珍しい。 中島を経て、対岸まで橋を架け、池には竜等鷁首(げきしゅ)の船を浮か べて、歌舞音曲を奏したといわれている。
水底に石を敷き、水流の中にさまざまな石を配している。平安時代のこの 遺構が残っているのは毛越寺だけである。 五月に行われる「曲水(ごくすい)の宴」では、遣り水を舞台にして平安時 代の貴族の優雅な遊びが再現されるという。