常陸風土記の丘 (茨城・石岡)  27.3   indexへ
      
 石岡市、聞きなれない市だったが訪ねてよかった。
 ここが古代では常陸の中心だったのである。常陸国衙や常陸国分寺の跡がある。
 桓武平氏の平国香がこの地に入り子孫が大掾氏として、長くこの地を治めた。
 平国香といえば、平将門の伯父で将門に討たれたことで有名だが、関東武士発祥
 に深く関わった人物である。大掾氏は1590年佐竹氏に滅ぼされるまで続いた。

 石岡は古くから人が住み着いたので遺跡も多い。それが「常陸風土記の丘」として
 整備・復元されている。

 着いたのが16時近く。中野を遅く出たこと、特急スーパーひたちが石岡にとまらず
 水戸まで行ってしまったこと、バスが石岡到着のほんのちょっと前に出発してしまっ
 たこと・・・アクシデントが重なった。その上、バス停もひとつ前で降りてしまい延々と
 歩いた・・・。
 のんびりと夕暮れ迫る常陸路を一人歩き。途中、「関東・養老の泉」の石碑を発見。
 こんなのがあるから旅はやめられない。

 風土記の丘も人の姿があまり見えず、一人占め。
 復元された縄文・弥生の竪穴式住居、その後の時代の古代の住居を見て歩いた。
 
 「日本一の獅子頭」があった。10mの頭部を形どった建物?の中には入ることが
 できる。階段を上がって、口のところから外を眺めた。不思議な気分だった・・。